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新切鰺は都市漂泊。舌足らずの言いっぱなしブログです。京都暮らしの不都合事情。しかも昼寝の寝言では参考にもならんて・・そう言わずに人の話も聞きや、60才過ぎれば最後の脱皮、今までと違う世間が待っているんやで・・とそんな友人たちに贈りたい。ただし、ほってもええよ

(写真註:京都から高野川に沿って国道を大原の方に花尻橋まで行くと、ヤブツバキの森がある。花尻の森という。鎌倉時代に入って寂光院の建礼門院を監視する松田某という侍の邸跡だといわれている。死ぬことばかりを考えて念仏する建礼門院は落ち椿である。この道はまた若狭から京へ入る道でもある。京都の「落ち椿」の名所である。)
金か命かと言われたら困る。一瞬、金だと言いそうだ。
年寄りになれば金がなくなって命だけ残っても困る。
さりとて、命がなくなって金が残っても困る。
ちょっとした盗人がいつか詐欺になり、
ついに強盗になり金をとった上の殺人となってきた。
ここまではテレビを見ながらのつぶやきである。
老いも若きもであるが金と命の二つが生活のベースである。
が、だが年齢によって金の値打ちも命の値打ちも大きな違いがある。
年寄りの命は軽んじられ、年寄りの金は狙われる。
オレオレ詐欺がはやりだした頃言われたことがある。
年寄りが貯めた金を社会に戻す、それが経済だと
詐欺のことだとすればもちろん暴論だと言われたが・・
実は、経済論として否定されたわけではない。
現在の状況もその延長上にあると思う。
昼寝の夢の話である、強盗に金も命も出せと言われたらどうする。
しどろもどろ答えていたら、
若き強盗が閻魔大王に代わって、
「年寄りになってそんなこともまだ始末できてないのか」
また、しどろもどろ答えていたら、
閻魔大王が死神に代わって、事情聴取すると言う。
「お金はそこにおいてしばらくあっちで順番待っておれ」
落語のような話になって目が覚めた。
(R7.8.5)※以降省略
(写真註:ツバキの花は開いたままでぽとりと落ちる。落ちるさまも見事ではあるが、落ちてまだ花の美しさを残している。その様は俳句の季語にも選ばれる。何よりも落ちてなお花を咲かすという例えをもって自分を鼓舞したい気になった。雨上がり落ちて二度咲く椿かな・・・※本文とは無関係です)
同じ死でも辛いことの第一は"孤独死”だろう。
例えば、賃貸し住宅で一人暮らし、誰にも看取られることなく亡くなる例は年々増加している。何故、"賃貸し住宅"かと言うと、統計として表に出るのが限られるからだ。孤独死の統計は警察が行っている。
我が国は一人暮らしに極めて冷淡である。
いつまでも個人の経済的問題(貧困)だと考えている。だが、
金を持ったままあるいは老人ホームや病院でも"孤独死"する事例もたくさん顕われてくるだろう。
連れ合いを先に亡くした後輩は65歳になった、自分で独居老人を名乗っているが、元気だ、まだ、車で気ままなドライブ旅行を楽しんでいる。
しかし、私より先に独居老人になった。そういえばもともと一人の人も多い。あるいは、今は夫婦で暮らしている人も、あるいはまた、今は家族に囲まれていても、誰もが独居老人になる必然性を持っていることを気づくべきである。
近親者だけでなく友人や隣近所の人のとの付き合いも減っている。たしかに個人の意思は家族や社会とのかかわり方をある程度選べることである。他人だけでなく家族と一緒に暮らすその煩わしさを避けて暮らしたい人もいる。
その結果として高齢者は必然的に一人暮らしになる。
人は一人で生きていけない。だけど年をとったらその世間を一人で生きて行かなければならない。
卑屈にもならず、傲慢にもならず愛される老人にならなければならない″
なんて・・思ってもみる。
しかし翻って、そんな年寄りが必要なのだろうかとも思う。いずれにしても今更ながら・・・難しいことでもある。
いつどこで死ぬかもわからない人生を、死神と二人三脚で歩いている。生きるのも大変、だが、死ぬのはもっと大変だろうと思う。死神は教えてくれないし、助けてくれることはない。死ぬときは死神も離れていく。
夢の中で、落語のようなストーリーをなぞっていても仕方がない。
そうか、そういうことか、皆が言っているのは、そうでなくとも結局一人で死ぬことになる。
“早く自分の始末をつけや”そうも聞こえてきた。
死神がつかさどるのは寿命である。
自分は生きたいと思っても死神がそれを許さない。
病気だって治るときもあれば死に至ることもある。
死神が枕元に座っていればどうしようもないと落語にある。
平均寿命が延びたからと言うが、それは生まれたばかりの赤子と若者の死亡が減ったからである。
若い人が亡くなるのは病気、自殺、あるいは決闘、戦争である。
生き残った老人は自分の病気のことだけを考えれば済むのである。
そのことを経済学的な視点で見れば、老人にもっと金を使わせるべきである。
要は、そう思う若い人が多いのである。
高齢者の健康保険もそうだろうし、豪華に見える有料老人ホームもそうだろうし・・・
特流なんて言われだしたオレオレ詐欺のグループの本音だったりする。
それがサラリーマン論理である、と言うより先に若者にそういう目で見られていることを知ることも大事だろう。
(写真註:京都大文字山の麓、鹿ケ谷に法然院がある。鎌倉時代の初め讃岐に流された法然上人が念仏三昧を行っていたとされる。後鳥羽上皇の時代に松虫・鈴虫の事件の場でもある。写真は法然院墓地である。墓守さんの掃除がこれほど行き届いている墓地を見たことはない。その下に小説家谷崎潤一郎の墓があるので谷崎桜という人がいる。)
繁盛していれば家の財は親の財であり自分の財であった。
その財を相続すれば、親を養うこともできる。
が、今の親は自分の貯えだけで生きていかねばならない。
親も自分が暮らしていくだけで精いっぱいとなる。
それが最低限の尊厳になる。
子供を学校に行かせ一応の社会人にするのは親の務めである。
そうしてもらうことが当たり前のことになってしまった。
我らの世代、親は必死で働いた。
父親もだが、私もほほゼロから今に至る。
振り返れば貧乏からの脱出、そのものだった。
もちろん成功した人も失敗した人もいる。
サラリーマン稼業なら自分の家と年金が残ったら御の字なのである。
子はまた体一つ、親にもらった学歴を背負って仕事をしなければならない。
それで家族を養っていけるとしたらそれも御の字だと言える。
日本人の戦後に足らなかったのは社会福祉だけだった、と言う人がいる。
その人も社会福祉制度が充実したけれど、
まさかその裏返しで家族が無くなったとまでは言わない。
(写真註:葉より花が先、春を告げる大きな花は見事である。庭樹や街路樹として見ることができる。東京から大阪まで新幹線の車窓に見ているとハクモクレンとソメイヨシノを見ることができる。ハクモクレン前線はサクラ前線より一週間早いと信じてた。年度末や異動の時期に重なる思い出がある。)
元気だったらそれでいい。が、病気になっても面倒は見れない、と息子が言う。
それだけの力がないというのもあるが、そのことを理論建てして、息子の嫁が言う。
結局自分の始末は自分でしなければならないことになる。
何度も言うが、それができたら御の字だ。
親子の絆とはこんなものかと今更驚く。
そんなことで驚いていてはいけない、夫婦だって同じだ。
これからも夫婦二人で生きていこうなどと言っていても・・
病気になったとたん、夫の面倒を見るのは真っ平だと言い出す。
今まで貸してた分ををこれから返して貰うと言う。
嫌なら別れてくれと真顔で言う・・・・・ええ???
自分の始末をつけなければ…と思ったとき、
配偶者が一番遠いところにいると思う瞬間だ。
それはお互いさんの話だ。
できればその時にははっきり言うべきだろう。
どちらが先に死ぬかはわからない・・・んだよ。
落ちのない落語というか、昼寝の寝言だということでこの話を続けていく・・・・
(写真註:我々が見るソメイヨシノは単一クローンで作られたものである。突然変異以外に新しい耐性を確保できない、そのために寿命が70〜80年といわれる。大木になると上のほうから枝が枯れかける。下のほうの若い枝を切って上方にも養分が回るようにして寿命を伸ばす。寿命を伸ばすのに若い枝を切るというのは興味深い・・が、桜守がいなくなれば倒木の危険があり伐採されることになる。)
定年になって何もせずぶらぶら暮らしているそんな亭主は間違いなく配偶者に嫌われる。
今までぶらぶらしていたのはそっちではないか、とつい間違って反論すると、もう終わる。
不毛は議論にならない。
ん十年も一緒に暮らしてきたのにこの程度かとどちらも言う。
心二つ、もちろん体も二つなのである。
それなら、それでいいかと思っても男はもう遅い。
が、妻はまだ間に合うと思っている。
そのギャップを埋めるものが世間を知らない夫にはない。
妻に煽られながら、息子や娘は尖った目でそんな親を見ている。
なおさら、親たちを養うなどと思うことはなくなるのは当然だ。
うちは上手くいってる、と思う家はそれでいい。
その人は家族を引き付ける魅力があるのだろう。
その魅力が何なのかを考えておくのがいい。
金が無くなったり、病気になっても今まで通りならそれでいい。
あと、うるさいことも言わなくていいならなおさらいい。
テレビやテレビコマーシャル的な家族と言える。
死んでしまえば誰もいい人だったということになる。
親が子を養う、子が親を養う。
そのつながりを経済力の差だと見れば同じことなのである。
豊かさゆえの絆だったりする。
我々の世代は、マイホーム主義だと言って大きな家族を壊してきた。
今更、年寄りの生きがいを家族に求められない。
心はホームレスである。
子の世代がそうして小さな家族を守ろうとしているが、孫の世代にはどちらも同じ責任がある。
中高年の将来の不安が、病気や介護にあることは当然である。
手術を要する病気や認知症の発症は恐怖でもある。
体が不自由になる、あるいは寝たきりになる、そんな人生の結末は正しく想像できないし、想像するのも嫌なことである。
単身者や一人暮らしであれば、介護してくれる人がいないと言う不安がついて回る。
介護する方であれば、あらかじめ学び研究すればある程度の心の準備もできる。
しかし、自分が介護を受けることがあるとすれば、その時は何の準備も心づもりもなくやってくるに違いない。
配偶者がいれば、何とか介護生活のスタートもできるかもしれない。
しかし、夫の介護をしていた妻が倒れることもある、その反対もある。
一人暮らしであれば、いきなり息子や娘あるいはその配偶者の世話にならなければならなくなる。
場合によっては孫と言うこともあるかもしれない、がそれはさておき・・
問題は家族に過大な負担をかけなければならない。
そんな大変な仕事、息子は役に立ちようもないし、息子の嫁では心が通わない。
娘は何とか働いてくれるかもしれないが、息子の嫁や娘の配偶者など、こちらにも大きな抵抗を感じることになる。
「家族」と言う言葉の範囲を感じるときである。
家族で助け合うとばかり期待していたら、息子や娘の家族までを巻き込んで迷惑をかけることになる。
と言って・・・・介護保険を使ってヘルパーに支援を求めるだけでも相当厳格な認定がいるし、手続きにも時間がかかる。
何よりもヘルパーの資格や資質や個性に大きく左右されることになるのは仕方のないことである。
仕方のないことだと思わざるを得ないところに家族のストレスがある。
だから、制度の谷間に入ってしまうと家族そのものが孤立してしまったりする。
70歳過ぎた頃、私の父が難病のパーキンソン病を宣告された。
その時まで意識していなかった親の老いを感じた。
一気に我が家族も老人化に巻き込まれたという気がした。
10年間家族が苦しんで、父は82歳で亡くなった・・それからもうすでに25、6年なってしまった。
私は父が発症した年齢を越えてしまった。
遺伝するなら発症するかもしれないと恐怖が無くならない。
誰かが言っていた、老人化と我々が言う場合には3っつのパターンがあると、
一つ、自分が年とること、
二つ、連れ合いが年とること、
そして三つ、親が年とること、
親が年をとった時に老人化のすべの課題が身近になってくる。
あれから30年、一世代進んで今度は私が老人になった。
当時老人化はまだ家族にとっての問題だった。
その間にゴールドプラン(1989年)や公的介護保険制度(1997年)がスタートした。
今は、社会全体での問題となりつつある。
それは子供や家族に頼らなくてもやっていける。
本人の心がけ次第の老後となったというわけなのだ。
ところがである、いずれ老人のための施設にも限りある。
ピークに合わせた施設整備は必ず過剰なものとして後に負債が残る。
老人世代がヘルパー世代より人口が多いということになれば、
結局は家庭での自力介護に戻らなければならなくなっているようだ。
戻るべき家庭があればいいが、配偶者すでになく・・子供とはなにかと疎遠では・・
自分の老人化を子や孫の老人化にすることが出来ない。
いずれどこかの「大部屋で一人」寂しく生きていくしかなくなってしまう。
もうその道へ向かって歩いている。
マイホーム主義の我らの作った道なのだ。
そう思うことが我らの世代の最後の矜持かもしれないが・・
それがマイホーム主義のつけ払いだと気付くのはまだまだこれからだと思う。
(写真註:ボタン(芳紀)。漢字で牡丹と書く。元来ボタンは種から育てる。昔、種をたくさんもらったが、やはり素人には上手く行かなかった。いまはシャクヤクに接ぎ木で増えている。近衛家や真宗大谷派(東本願寺)の家紋に使われる。「白牡丹」という1合瓶の酒をよく父が飲んでいた。)
年寄れば自分の”終活”に悩まない人はいないだろう。
何をしたらいいのだろうかと言うのがその最大の悩みだ。
自分の人生の始末をつけるにはそれなりの見識がいる。
だが、生きている間なら自分で考え自分で修正できることができる。
他人が口を出すことは厳禁である。
一番大事なことは??一人で暮らす覚悟をすることに早く気づくことだ。
その次に大事なのは、そのためには、一人で暮らすことをできるだけ遅らすことだ。
二人でもしくわ家族とできるだけ長く暮らせる工夫も必要だ。
夫婦であればケンカしないことが第一である。一人ではないと思えるのは夫婦に限られる。
当たり前のことではあるが・・夫婦は対等に互いの人格を尊重できることである。
いずれどちらかが介護が必要になったとき、
適切に介護されたり介護したりするには双方に正しく相手と世間を理解できる力が必要なのだ。
パートナーの存在が自分にとってメリットがないと思ったとき、介護ほど苦痛なものはない。
夫婦愛は愛情だけではない、感情が打算を纏っている。
扶養という普遍的な行為に対する認識も必要なのだ。
家族がいるのに家族がないということもありうる。
そうでなければ、一生できる仕事が欲しい。
がそれも、文化度の高いものに限られるとしたら、一庶民には無いものねだりである。
社会とのつながりの続けるのもいいが逆に迷惑をかけることもある。
病気が進めば一人で生きるという計画も当然叶わなくなる。
夫婦は一生の最小にして最大の単位でもある。
(写真註:ヒマラヤ山脈周辺の原産。寒さに強くところにより春早くから咲く。薬草になる。葉をすりつぶし切り傷、火傷の抗炎症・殺菌の効用がある。年数を経て太い根茎が横に伸びる特長がある。)
妻に先立たれた夫は短命であり、一方早死にした夫に残された女性が元気に自由に暮らしている姿は平均寿命から考えて理解できる。
ただ、高齢女性が本当にこの複雑な社会で自立して生きて行くことは並大抵ではない。
なぜか?多くの高齢女性は、夫が先に逝くことを想定している。夫亡き後のことを老後と考えてる節があるが・・・楽しむことしか考えていない脳天気状態なのだが、
それはそれでいい。
問題は一人で生きて行けない事態に陥いることを心配しているのである。
世間は・・・と!!・・・サラリーマン主義の社会経済や、徳のない親族の犠牲になる危険性をはらんでいる。
要は老人に金を使わす・・・?
老人の貯えている資産を社会に戻して、経済を回すことはいつの社会でも重要なことである。
国や地方の社会福祉予算からオレオレ詐欺まで理屈は同じである。
団塊の世代の数の多さをターゲットとして今までやってきた商業や産業が、今は同じ理屈で老後や介護に関わる経済社会を作っている。
老人に買い物をさせるのが、現役サラリーマンの営業倫理なのである。
紙おむつから高級と名の付く有料老人ホームや介護付きマンションまで多岐にわたる、が、高価な不動産は騙されれば一気に転落する。
有名芸能人を使って大々的に宣伝をしているところこそ気をつけなければならないことすら知らない。
しかも書類や手続きになったとたん何もわからない。
そうやって特に元専業主婦と言われたような人は自ら罠に近づく。
落とし穴に落ちたともいえるし、要は経済の罠にはまることを言う。
これからは合法的な詐欺がはやる、途中で気がついても取られる。
解除金や違約金は法律に基づく正当な商取引だと言うことで成り立っているブラック業界もある。
しかし、恐いのはサラリーマンだけじゃないと、多くの知り合いが言う。
息子や嫁が一番怖い?
従前の民法では、夫婦の家の夫が亡くなったら妻が子供たちに放り出される?ような事態が生じた。
夫が亡くなったとたんに子供たちの相続権が発生する。
妻と子がこの家を分け合わざるを得なくなって、極端な話相続分割すると家を処分しなければならないようのことが起こった。
相当な資産(現金等)が無ければ住み続けられないのである。
民法の規定(2020.4〜)が変わって「配偶者居住権」が明確化された。
夫名義の家であっても長年一緒に居住していた場合は、夫の死後も生きてる間無償で使用できる権利を有することができるとなった。
当面の遺産分割の対象から外すことができる、結局は妻が亡くなった段階で使用権が無くなって他の相続人(子供)に完全な相続ができる。
ただ、配偶者居住権を設定していると、この期間妻はこの財産の処分、例えば施設に入るために売却するなどは出来なくなる。
そういうことを前提に、この不動産の処分について様々な商法がこれから出てくることになる。
そんなことなら、夫婦が元気なうちに自分らの資産を処分して老後を暮らすと言う選択肢が浮かび上がってしまう。
夫婦の資産は夫婦のどちらかが亡くなった後も、夫婦の財産であるべきだ。
残された一人が亡くなったときにちょうど資産が尽きるような生き方(老後)が核家族世代の終末にふさわしい。
新しい制度で住み続けられると思っていたら、逆に死をせかされることにもならないとは限らない。
この制度の運用も難しい、し、せめて身体的に可能な限り心配なく自宅で暮らせるようにも少し明確に応援してほしい。
妻にとっては夫が亡くなったとたん、相談する人を間違えたら、身ぐるみはがされる。
それが家族の落とし穴だと言う。
どんなことがあっても夫婦がきっちり使い切って死ぬことなど出来ない。
足らなくなるか余るかである。
だから、足らなくならないように生きるしかないのである。
私も胸に手を当てて考えてみれば、別の期待(目論見)もあった。親が亡くなった悲しみと自分のこれからを天秤にかければ、いつまでたっても自分が重い。
葬儀社の葬儀のコマーシャルはいかにもであるが、家族の絆を感じるのはその日だけのことである。それは、自分の時も同じだと覚悟してから死ぬべきである???
(写真註:長岡天満宮八条ヶ池のキリシマツツジ。正親町(おうぎまち)天皇の孫、豊臣秀吉の猶子八条宮友忠親王は、八条宮家(桂宮)を創設。長岡京一帯を自領とし桂離宮を造営、八条が池は灌漑用水と、天満宮の社観の整備をした。土木の才能のある皇族であった。
〇〇Aさん、80歳になった、私の元パート仲間では結構有名だった人である。マンション型の介護付き有料老人ホームで暮らしている。渋々ながら悠々で暮らしている・・そう心配することもなさそうだ。
基本的に食事や日常生活の介添えやいろいろサービスはある。
1DKくらい、それでも毎月だけでも20万円以上は払うという。
時々ホームを訪ねるとそこを抜け出して近所の居酒屋でおごってくれる。
ホームに入居するのに最初にいくら使ったのか聞くと、以前住んでいたマンションを売却処分したという。
住むところは自分のマンションを処分して、
毎月の利用料と生活費は年金を当て、自分の小遣いはシルバーのパートで稼ぐ。
コロナがはやってパートを辞めたがそれでも毎日酒は飲んでいるらしい、というのが今の境遇だ。
親の代に都市に出てきて、都市で学びサラリーマンになり家族を育て・・・
長男ゆえにあるいは長女ゆえに、夫婦でそれぞれの両親の送り・・・と境遇が私と似ている。
聞くところによればここへ来る前に奥さんと財産を分けたようだ。
両親を看取ってきた二人だからゆえの決断なのかもしれない。
自分の介護を配偶者に頼らないと決めたようだ。
ただ、死ぬまで独り暮らしだし、相続の対象となる財産は使い切る。
自分の今後をことを考えるときに一歩先を行くその先輩のことがきっかけになる。
このブログもこの先輩の経験談によるところが多い。
最後は一人だということと自分の蓄財は使い果たして生きる。
この2点は私にとっても動かしがたい定理になっている。
(R7.8.12)
(写真註:クレマチスはキンポウゲ科クレマチス属の園芸品種を言う。つる性である。遠い原種のものはセンニンソウ(仙人草)、野の雑草の一つ、夏に白い小さい花をたくさんつける。牧草地などに侵入すると有毒植物ゆえに嫌われる。ただ、雑草という名の草はない。我が家の垣根には両方がある。)
いつものことながら暇つぶしにテレビを見ていた。
相続に関する法律がちょっと変わって、引き続き「終活」という話題になった。
円満な相続のことを考えるならば人並みに・・終活をしておけというのだ。
一は預金のありかと額(遺産のこと)
二は誰が介護をするかということ
三は葬儀の仕方のこと、あえて追加すれば誰まで呼べばいいかということ。
自分の仕舞いを子供たちと決めておくことこそトラブルを防ぐ方法だとのたまう訳である。
うっとおしいものを見てしまった。
子供に預金の話をあからさまに出来る親は今は1割もいないだろう。
そんなことをする人は生きてる間に地獄を見る。
介護のことを子供や嫁にあらかじめ頼んだとて何の保証もない。
それどころかなんやかんや言って前金で取られる。
葬式に誰を呼ぶかなんて言ったって、そもそも思惑がずれている。
来てほしいと言われて行くというものではない。
行けなかった時の言い訳のネタもいる。
家族葬と言えば親戚すら来ない・・ことなどざらである
誰かが言っていた、そもそも、
遺産とは生きてる間に子供らに譲りたくなかったもののことである。
それが葬式を境に死に金になる。
親も子もそれぞれ別々の世帯でまるっきり違う家計を営んでいるのである。
自分の持っているもので施設でも入ってくれ、そうでなければずっと入院してほしい。
そうでなければ元気な時に死んでほしい。そこまで言われれば、息子の扶養家族になるわけにはいかんやろ
そんなことを終活というなら
・・一層のこと家族が集まった時に
「残ったものはみな一万円札にして棺桶の中へ入れてくれ」と家族に言ったら叶うだろうか。
それが叶わないようだったら、何もしないのと同じことではないだろうか。
言えば・・なおさら生きてる間にむしり取られることになる。
死出(しで)の旅は一人旅である。
私はまだ生きていた。
その晩、夢で見た話である
終活だと言って遺言や相続や墓のことばかり言う人がいる。
だが、そんなこと思い通りいくはずがない。
特に死後のことは保証してくれるものはない。
面白いことを言った人がいる。死ぬまでと死んだ後、故人の気持ちも違うものだ。
葬式が終わって霊になって空の上から見ると、また違った世間が見えるかもしれない。
家族の中にも今まで見せなかった姿を見せる人もいる。
死んですぐに遺言状を書いたことを後悔する。
書き直すこともできずに・・最後の遺言を悔やんで、成仏できずに家の上で迷っている。
あきらめて仏になる間が四十九日なのだ???
遺言は最大限尊重されるべき故人の遺志であるが、相続人の気持ちと同じになること少ない。
遺言は相続人と相談も了解もいらない。
中には理由なく疎まれてる人もいるだろう。
相続人全員に遺留分が残されているのはそのせいだ。
めずらしく下世話で人情的なそのくせ哲学的な法律だと、と続けて言う。
凡人は閻魔の前に引き出されると急に優しい公平な気持ちになるらしい・・と
全員遺留分だけにして残りは国庫にというのはどうだろう。
初盆を迎えるころになるとたいてい死んだことを後悔していると閻魔が言っている。
(R7.8.13)
(写真註:クレマチスの大輪の花はそれぞれ見事である。5月の連休のころに開く花が多い。四季咲き種も多いがほぼこの時期に限る。初夏の季語として鉄線花(てっせんか)を使う。厳密言うと鉄線はクレマチスの一原種。むずかしき花の一つよ鉄線花(某)というのもある。難しいのはその花の美しさゆえかもしれない。切り花にも難しい・・・)
あの世などあり得ないと言うことは簡単である。
その通りかもしれないが、それでは皆、救われない。
あの世もあってほしいと思う人も多いだろう。
あの世を見て来た人が少ないのだから仕方がないが・・
日常そんなことばかり考えているわけにはいかない。
今、生きているのを今生という。
死後生まれ変わるのを後生という。
人が死んで次の生を受けるまでの49日間を中陰という。その間、ことである。
安心してはいけない・・生前の善悪はまだ定まっていない。
善悪のまだ定まってない者は7日ごとに転生し、7度の49日を経て必ず他所に生まれる説かれてる。
悪趣に行く者も、仏の導きにより善所に生まれることを念じて法事を務めるのである。
古くから一般庶民にも広がった死後感である。
ひょっとすればその間が地獄で閻魔大王に生前の罪を裁かれている時期かもしれない。
地獄とは、死者の国であり、六道輪廻(ろくどうりんね)の国でもある。
しかし、やがて、ともかくも地獄の「おつとめ」は終わる。
人を裁くという閻魔大王は日に三度も灼熱の溶銅を飲んで悶絶するという。
地獄で最も苦しんでいるのが実は閻魔大王である。
閻魔の裁きは人の悪業の消滅を助けるもので
だからこそ、閻魔は裁きを終えると姿を変えて地蔵菩薩として人々を慰める・・
という
悪行をなした人がそのまま極楽へ行けるとすればそれはやはり不都合だろう。
それでも、いずれ仏になれるのならそれは救いになる。
悪行は正しく裁くものがあって初めて悪業となる。
善をなしてきたとばかり思っていると意外なところで閻魔に暴かれるかもしれない。
そういう人の方が多いからこその閻魔様である。
だから、仏の導きにより善所に生まれることを念じて法事を務めるのである。
してやれることはそれしかない。
(写真註:オニノゲシ、ヨーロッパ原産世界中に広がる。外来種、帰化植物であり、なお鋸歯のパワフルな雑草でもある。名のない雑草はない″有名な言葉。しかし、人間は年を経ると棘のある雑草に変わるって言う。)
もちろん前述の彼は法律の専門家でもないし霊媒師でもない。
肉親の相続で揉めた経験があるからだ。
相続で家族が揉めるのは他にも理由がある。
資産の形が様々だからである。
それをまた金額に換算して分割するというのは無理なのである。
ご存じの通り遺言書は法律家はイゴンと読む。
読み方は別にしても、所定の書式と手続きがあって有効なものになる。
複数あれば、最後の日付のものが有効である。
死後に遺言書らしきものが出てきた場合が困る。
見つけた人は開封しないで家庭裁判所へ届けなければならない。
なおかつ、相続人全員に通知がされる。
その上で家裁の検認を得たものが遺言書と認められる。
書式がそろってなければただの遺書である。
が、故人の遺書もまた尊重されるべきである・・・が
死の前に書いたたくさんの遺書が出てきたのだ。
それと遺言書の内容があまりにも違うというのがもめごとの原因だ。
遺言書を書きなおすための草稿かもしれない。
それによって故人の本当の気持ちの変わりようが段々に分かってきて、
毀誉褒貶?一喜一憂?家族全員が憤慨し、なおかつ白々しく興ざめしたという。
それから皆、墓参りにも行かなくなった、と。
そういう経験をしたという・・・笑えない笑い話なのだ。
(写真註:以前こんな花色のものを育てていたが、今は写真だけになった。元来、改良品種が多く、英語でハイドレンジァと言った方が似合う花が多い。水にちなむ命名だ。日本の山野原産のガクアジサイが原種だと言われる。アジサイの多くは特徴ある装飾花だ。実を結ぶことを犠牲にして咲いている。)
私の父は70歳を超えてパーキンソン病を患った。
それまで健康で一人でマンション暮らしをしていた。
難病と言うのは言うてみればどんどん進行する病気なのだ。
歩行も困難になり常に介添えが必要になる。
デーサービスではちーちーぱっぱをしないと言って叱られた。
動けなくても病状が安定していると言われたら入院も出来ない。
施設はと言うと難病の人はとても扱えないという。
制度の隙間にはまり込んだ状態だった。
当時病院に併設された老人保健施設は自宅復帰を目指す施設であり、短期間の入所しかできなかった。
それでも・・一人で暮らせないので京都の私の住まいの近くにアパートを借りた。
年寄り一人には貸せないと言われて私の家族は交代で泊まり込みに行った。
高校生と中学生の孫に泊りに来てもらうのがその時の父の最大の救いでもあった。
父は自宅を長い間留守にして、病院、老人保健施設、私の近くのアパート・・
病気に大きな波があり、そのために何度もその繰り返しだった。
医療・介護・住居とその負担は私にも大きかった。
介護ヘルパーもいない、介護保険も何もなかった。
肉親の介護に家族が疲弊する、庶民にその問題が大きくのしかかっていた。
・・・時代があった。
平成元年(1989)に『ゴールドプラン』が策定された。
マイホーム主義の行きつくとこか、高齢者の保険と福祉がクローズアップされた。
医療が進歩すれば介護がついていけないのか。あるいは、長寿が達成されれば逆に家族が疲弊するのか。ともかくも家族で行っていた介護を社会制度で支えようというプランだった。
特別養護老人ホーム、訪問介護ステーション、要介護云々・・
今なじんでるそれらの言葉はそれからの言葉である。
平成9年には介護保険制度がスタートした。
それからしばらく82歳で父は亡くなった。
もう少し時期がずれていたら少しは助けてもらえたのかもしれない。
病気を発症して10年後、最後は長期療養型の病院だった。
今、私が父が一番苦しんでるた年齢に達した。
世代の「世」の字は三十と書く、一世と言う意味である。
あれから30年この”ゴールドプラン”によって今の日本の老人福祉は動いている。
全ての人に手厚い介護がいきわたることは無理であろう。
一人で暮らすことは自立ができることが前提なのは変わりがない。
団塊の世代である我々がその対象になってきた。数の問題がついて回る。
福祉も進化した、老人介護は家庭から社会へと移行していく。
その一方で有料老人ホームなど介護産業が巨大なビジネスにまで成長した。
今度はそれに我々年寄りがついていけるかが問題になるかもしれない。
(写真註:都会の人はこんな花を見ることが少ない。ジャガイモの花である。春植えだと5月〜6月に花が咲く。収穫の目安である。ただ、家庭菜園ではせっせと花を摘む人がいる。イモの出来には影響はない。確かに何の役にも立たないのだが、花を見てやる気持ちの余裕が欲しい。ジャガイモはナス科・・ナス科特有の花形である。)
人は皆、数多くの葬式を見てきている。
ひょっとしたら自分の時の参考になるかもしれないと思う。
だから、葬儀は進化してきた。
葬儀屋に言わせれば客の望みに近づけてきた。
その気持ちはお寺さんと言われた僧侶も同じだろう。
僧侶の数が故人の偉大さを代弁するとはだれも思っていない。
が、引導役の僧侶の位や衣装が葬式の演出をしてきた。
逆にその気持ちは葬儀屋も同じだろう。
大きな祭壇ほど熱が入るのは当然である
「火葬式や直葬で戒名や引導に僧侶が関与しないのは伝統的な葬儀でなく。故人の意思であったからと言って正しい葬儀ではない」
と、各地で僧侶を職業とする団体が格安葬儀を牽制している。
ならばとばかり、火葬後の自宅で小規模ながら正しい葬儀をしてやろうと提案しているのもある。
それもいいだろう・・・そういう形も自然だし昔からある。
確かに??そんな時こそ僧侶の存在は遺族の救いである。ホールや斎場を使わなければ経済的な負担は小さくなる。
が、その上で「僧侶の分をケチらなければ正しい葬儀である」というのは余りに手前みそな話である。極端に言えば営業を越えて宗教的脅迫だと思う
葬儀の僧侶は霊媒師ではないはずだ。我々より数倍も俗っぽい生活をしながら言うことではないと思う。
そこのところが分からない。ありがたいという気持ちを起こさせないのだ。
いずれ僧侶のいる家族葬から、僧侶のいない家族葬に進化していく可能性がある。と、感じる瞬間である。
火葬はどんなに短時間であっても故人にも家族にも一番の宗教的行為だと思う。
だから私は、軟(やわ)な気持ちで火葬場に同行してはいけないと皆に言う。
葬儀はセレモニーであるが、火葬の煙(今は煙は見えないが・・)だけは事実である。
セレモニーであればこそ、区別がつかなくなった時に宗教的文化は破壊される。
余談でもあるが・・・本物らしきものが現れるとすぐに似たものが出現する。本物は似たものに負けて、その似たものがいつの間にか堂々と偽物になる。
本物はかくして似た物もののまねをし、世の中は似たものと偽物だけの世界になる。
いつの間にか偽物が似たものになり似たものが本物面(ずら)をしだす。
骨董や芸術の世界を言ってるのではない。人生も同じだろうと言うと、素直に正直な生き方をしなければ誰でも嵌(はま)る最大の罠なのである。
(写真註:ホタルブクロはキキョウ科、ホタルブクロは雄性先熟。つぼみの段階ですでに雄しべや花粉が出来ている。これを「雌雄異熟(しゆういじゅく)」という。雄しべと雌しべの成熟時期をずらすことによって自家受粉を避けているのである。男女の関係も色々ある・・?)
”老後の暮らし方に結婚がある”というのは名文句である。
一人より二人の方が当面生きていくには都合がいいことの方が多い。
残念ながら世間の現実は離婚のほうが多い。夫婦の賞味期限は最大で20年であることを考えれば熟年離婚もやむを得ない。
がしかし、それでは何もかもが消極的に終わりに向かってしまう。
高齢者世帯と言うのは65歳以上の者のみで暮らす世帯である。一方・・・すでに高齢者の3人に1人が一人暮らしだと言う。
50代から60代女性は、結婚も再婚も老後の暮らし方の選択肢に入れるべきだ。
仮にであるが・・・結婚によって新しい二人をスタートすれば、あと20年、も一度の人生を楽しむこともできると言うものだ。
60代になったくらいで枯れるわけにはいかない。もちろん70代でも同じである。
人を好きになる気持ちを持つことは生きていることの最大の証なのである。
今こそ手続きとか世間体とか、そんなこと言ってるようでは20年後の孤立死を避けることはできない。どっちみち避けられない孤独な死であるとしてもそれまでの20年間いい人生が過ごせるというものだ。
それが、介護だっていいじゃないか。
賞味期限の切れた夫婦よりは、熟年再婚(もちろん再婚に限らない)の新鮮味は老後の旨味になりうる。
改めて人生が二度あればと思うこともある。
もちろん再婚に限らない、男女が、それぞれ共同生活に明確な意志と人情を持っておればいい。自分次第である。し相手次第なのだ。今までの60年の生き様を総集編のように語り合える異性に出会えたとしたら、他のしがらみなど放ってしまえばいい。今までに大事なものとこれから大事なものとは違うんだよ・・。
と、思いませんか。
頭がいいことが老後を救う?
今までに秘密のなかった人はいないはずだ。ということは、これからだって秘密ばかりなのである。
秘密は懺悔しなくてもいい。秘密のままでいいのだ。夫にも妻にも、子や孫にも・・・そうなんです。
悪いことをするときは人の3倍頭を使え、好きなことをするときは無理をするな。先輩の教えである???
昔・・・・我らの世代は「同棲生活」に憧れた時代があった。
だが、そんな経験を本当に持ち合わせている人は極めて少ない。
ましてや、それを全うしたなんてことはあり得ない。
それは、一方で極めてノーマルな生き方にももっと強い憧れを持っていたからだ。
そこに人間の狡さがあったのだが、次にノーマルだけでは満足ができないのも狡さである。
狡さが身に付けばかえって選択肢が増える・・・?
狡さついでに旨いものばかり少しでいい、と言う食い方も選択できる???というものだ。
上手くして・・新しく老後お一人様かける2のお二人様なら、あくまでも「共同生活」と言う生き方を選択するのが大人の分別だろうと思う。
他人が家族に入ってくる?当たり前だが、家族の同意を求めては必ず反対される。ともかく、反対する家族がいる場合は同意や入籍など手続きを一切こだわって問題を複雑化しないことだと思う。
法律に守られた関係は法律に縛られる。
例えば一方的に介護が必要になればすっぱりと関係を解消することだって不足を言ってはならない。
同棲は家族でない、それが同棲生活と言うものだ。
私は男女にかかわらず60才が境目だと思う。
60才前と、60才以降は違う生活感・倫理感があっていいと思っている。
仕事や家庭だけでなく、人生観そのものだって、還暦60才は自分をリセットする機会だと思っている。
サラリーマンだったら65才が定年だったり、実質の変化が伸びてきているということは言えるが、それはあくまでも延長戦である。いつか試合は終わる。勝っても負けてももうそのことが関係のない世界を意識すべきである。違う競技を選んだのだから・・・
(写真註:これはモミジアオイ、紅蜀葵(こうしょっき)、アオイ科フヨウ属、宿根草。真夏の空に映える花である。私の好きな花である。赤は血の色、しかも女の血は紅(くれない)か )
鬼平のセリフにある。
「いいことをしながら悪いこともするし、悪いことをしながらいいこともする」
いいことをしてるつもりが悪いことだった。
悪いことをしているつもりだったが・・・?
・・・ということもある。
思いと行為がずれることもある。
それと世間の評価を組み合わせると・・
仏の教えをそこに加えると幾つの組み合わせが出来るのだろうか。
世間には善人のような悪人がいるし悪人のような善人もいる。
必要な人がいつか無用な人なり、邪魔になったりもする。
自分を守るために人にばかり善行を求める人もいる。
本物か偽物かと迷ったらほぼ似た物だと思うがよいと言う。
自分で何かができる思ってる善人を救わないと仏が言う。
自分が善人か悪人か区別がつかないのが悪人正機のゆえである。
ニュースを見ていただけでは善悪の区別はつかない。
ドラマだったら善悪を区別しなければ役者はドラマを演じられない。
しかし我らは役者のまねはできない、善悪を教えてくれる作者がいない。
善と悪とは決めることではなく悩むことである。
(写真註:キツネノカミソリの園芸種である。お盆の前後・・本来はキツネ色、朱色の花である。ヒガンバナの仲間、球根草で林の縁に自生する。動物に対し有毒植物である、有毒成分はリコリン。リコリンに限らず植物の有毒成分は薬にもなる。)
「各各方(おのおのがた)・・」というセリフは今は使われない。
各自勝手にというときは”各各(おのおの)”である。
個人は社会とのかかわり方や距離を自ら選ぶことができる。
家族と一緒に暮らすその煩わしさを避けるのも生き方の一つである。
ただ、そのままであれば・・・独り暮らしが増える。
一人で生きていくことと、あえて関りを拒絶して生きていることは違う。
一人暮らしは死に方が難しい・・・??
誰にも気づかれず一人で死ぬことを孤独死と言ったりする。
それも含めて役所用語では孤立死という。
家族や社会から孤立した結果として、場合によっては死後も長期間放置されることを言う。
孤立死は、屍として他人に発見される世界である。
臨終に医師が立ち会わない限りいかなる場合も検死が必要だ。同時に身元確認が行われる。
身元が分からなければ「行旅死亡人」(行き倒れといった)と同じ・・・葬式をしてくれる人すらいないのだ。自治体のお世話にならなければならない。
たとえ身元が判明しても引き取りは拒否される場合もある。
それがそんな場合は「無縁死」とも言われる。
究極の寂しさは葬式である。
社会との関わりが火葬で終わる。
葬儀屋は告別式をしないで「火葬式」といったりする。
所有者のいない遺骨となる可能性が大である。
(写真註:アサガオ、サツマイモの仲間。一世代一年、自家受粉性のための突然変異が期待され、遺伝子研究に利用される。小学1年生の教材になる。短日植物のために夏休みにちょうど開花する。種子は毒性あり、ただこれも薬用になる。)
人は病気になって始めて自分が生きていることを知るという。
成長の峠を超えれば進むたびに下っていく、それを老化と言う。
年をとるということは嬉しいことではない。病気になるということも受け入れざるを得ない。
入院や大手術の前になったら、家族の同意や保証人まで必要だと言われる。
人の最後の治療に家族の同意ばかりを言う医師がいる。
本当は患者本人との対話や同意だけでいいのに・・
医療技術は進化している、進化の過程が一番危険だからだろう。
一方、自分で決められなくなるのも老人の宿命だろう。
延命治療の是非を家族に決めてもらわなければならないとしても方がない。
しかし、悔しいことだろうと思う。最後を自分で決められない悔しさだ。
「息子になんぞに決められてたまるか」と言ってる10年後の自分がいる。
が、おそらくそれさえも言えないだろうね。
このコロナでみんながいい医者にあたれるわけではないのを実感した。
そもそも、行列が出来るほど名医と言われる世界である。
生き死にを金で買うことが出来ると信じてる人にはそれでいい・・が、
並ぶ人もいない病院も怖い・・・・・・・
白衣を着た死神もいる。
人間最後の幸せは地蔵菩薩のようないい医師に当たることだというが、
これからの世にこそそんな出来た医者が欲しい。
地獄へ行ってから地蔵菩薩を見失わないことの方が大事なことだ。
地獄には本当がある、それを”地獄で仏”と言うらしい。
(写真註:ハイビスカスといえばハワイ、わが国では沖縄がよく似合う。沖縄ではグソーバナ(後生花)と呼ばれたりする。グソーとは″後生″であり、亡くなった人の冥福を祈る意味がある。たまたま陽当たりのいい我が家の居間では冬でも花をつけている。)
父の代に「老人ホーム」と言う言葉を出せば親子喧嘩になった。
家があってなお息子がいて息子の嫁がいて、病院も近いし・・云々
30年たって、今度は私がその立場にいる。
今はその家が唯一の老後資金になり、親も子もそれぞれ別に暮らしている。
息子の嫁は夫の親の面倒見るくらいなら、と言うだろうし、仮に入院しても病院の見舞いくらいが精一杯のところだ。
子供に迷惑かけないというのが今の親の合言葉になる。
子供に迷惑かけるのが嫌なら、ともかく自分の足で立て
そして、自分の金で暮らすことである。
夫婦ならせっかくの同世代の絆、将来のために出来るだけ大事にせよ。
今が本当に夫婦らしい時期なんだった、と間違いなく後で気づく。
それでもどちらかが先に倒れる。
夫が先に倒れたら、どう暮らしていくか?
一人になって暮らすことはどういうことか?
どういう風にどう暮らすか、その資金はどうするのか?
もちろん、妻が先に倒れることもある。
自分が死んだ後の自分の始末もこれも大事である。
どうせ、思った通りにはなるはずがない。
生きてる間の方が先だ、一人になって暮らせなければ晩節を汚す?
まったく個別の話である。
誰にも言えることは自分で研究し学習し覚悟し準備し実践することだ。
それがないと今をどう生きるかが分からなくなる。
大きな病を患ったら、認知症を発症したら・・
大きな確率である、コロナの比ではない。
ゴールドプランで老人福祉が大きく転回した。
父の代では喧嘩になった「老人ホーム」も自分のために研究しておかねばならない。
自分の資金と収入は決まっている、もう増えない。
今の自宅ぐらいは息子に残してやりたいが、背に腹は代えられない。
夫婦二人の生きるために使ってしまったとしても、それでも幸せな方だと思わなければならない。
そういう前提で考えていることだ・・・
こんな話の一端がブログにふさわしいか、
あるいは皆さんの役に立つかどうか、は私の知るところではない。
(写真註:キク科、長い間花を見ることができるのでヒャクニチソウ(百日草)と言われる。お盆の時期の仏前花に都合がいい。お盆は旧暦太陰暦7月15日を中心に行われた行事。明治の改暦によって時期的ズレが生じたため新暦太陽暦8月15日で定着してきた。これを″月遅れの盆″という。ヒャクニチソウも改暦の前後に我が国に入ってきて定着してきた。コスモスと同じメキシコ原産で日本に似合う花の一つ。)
人は突然死ぬものだ・・と、言われても、そのことを悟るには相当の修行がいる。
しかもその修行の方法は誰も教えてください。ましてや突然と言われたら間に合わないとになる。
命を懸けた闘いなら生き残らなければならない。
現実に死と隣り合わせで生きていた時代もある。
それより先に疫病や事故で死ぬ確率めも高い。
死があって生きてると気付くには相当の経験がいる。
死が怖いことが生きるエネルギーになるのが本能だ。
人の死は突然やってくる、と言ったって考えようもないという。
だが、夫の死は突然やってくるかもしれない・・・と言うことなら、考えてないわけでもない??
自分が後に残る以外のことは考えない・・・それもあるかもしれない。
しかし、だらしない男も元気な時はいいけれど・・万が一、何年も家で介護をしなければならないことの可能性を考えたら
感謝の言葉もまともによう言わんような男なら・・・そらそう思うわな。
大手術した後の病院にはかいがいしく通っていたある奥さんが、
その夫が退院して家に帰ってきたら別れてくれと言いだした。
病院は病気、帰ってくれば介護ばかり???
病気は他人(ひと)の話だけど介護は自分の話、介護の方が怖いって
自分が病気になっても自分の介護を夫に期待できない・・・と言う思いが重いのかもしれない。
ここまで行くと落語ではすまなくなる。
自分が一人で生きていくための悟りの一つかもしれない??
(写真註:キクイモ(菊芋)、菊芋茶は水溶性植物繊維(イヌリン)を多く含ぬ。糖の吸収を穏やかにする効果あり。私は脂肪肝の緩和に用いているが・・・)
「実家」とは何だろうか?
国語的には"自分が生まれて育った家のこと"である。もう、それでオーケーなのだが・・
なら、実家の反対語は何だろうか、と言えば婚家だったり養家だったりする。
法律家は「実方」と言う、「従来から属していた家を言う」とある。
俗に「女三界(さんかい)に家無し」という。
女性は一生の間、身を落ち着けるの場のないことを言う。
が、友人おやじAの話。娘がいい孫を連れて実家に帰ってきてくれたら親として嬉しいぐらいだ。気兼ねもいらないし、なんといっても先のことを考えても心強いという。
実家がある限り、正に家ありである。なくなった時こそが三界に家なしだと思う。
離婚して実家におるなら三界に家があったということだろう。
昔、同窓会の連絡先名簿にいつまでも実家と言う表現があった。連絡先のベースキャンプだろうけど・・が、現住所だけでいい筈だ。
仮に先のように子供連れの女性が実家の住所になっておれば、それは離婚して帰っていることになる。
男性の場合はどうなるかということである。帰省先というぐらいの意味になるのだが、人によっては「寄生先」という方が当たっている。その寄生先を出ない男たちが増えているらしい。
離婚した男が実家に寄生することは少ないが、問題は結婚しない男である。
あるアンケートが載っていた。実家暮らしの男性と結婚するかという問いだ。
答えは20代+30代の独身男性の75%が実家暮らしだそうだ。
同じく実家暮らしの働く女性からからも特に気持ち悪いと言って嫌われるそうだ。
それでも若いうちは仕方がない。そのまま互いに年齢を経てなお困るのである。
生活感のない男が実家におっても何の役にも立たない。
イヌやネコの方がましだと実家男のこのおやじBが言う。イヌやネコなら癒しにはなる。
70歳以上の父親が離婚暮らし、それなのに息子が寄生するという。
三界に家がないのは男の方だろう。
体も痛いし、病気も怖い、友人親父Bのこの憂鬱にはどう答えればいいんだろうか?
(写真註:日本に自生していたユリである。オレンジに斑点の入った花は真夏によく目立つ。花は種子作らないがむかごをを作る。コオニユリとともにユリ根としてとして食用になる。非常食としていた時代があり、農家に庭先に多く見られた時代がある。)
余談である・・要介護レベルの認定は歩けるか歩けないかが大きなポイントになると言う。
だが、歩ける限り杖をついてでも歩きたい、せめてトイレだけは自分で行きたい、認定もさることながら、本当はそんな風に頑張っている人が多い。
介護の階段の踊り場・・
我々が日常近所で見聞きするのはそのような人が多い。
当方の住まいのアパートにも毎朝、デイサービスの車が来る。
パーキンソン病の人は涙ながら近くの公園で歩行訓練をしている。
認知が低下して妄想が進むことに恐怖しているのだと思う。
それだって一人ではできないのだ、ハーネスで後ろで支えてやらねばならない。
自分の足でともかくも歩けたらと、そればかり思うと言う。
私の友人はヘルパーの資格を取って送迎の運転手をしている。
毎朝の自分の体調に気を付けている、仕事からよく世間が見えると言う。
運転ができなくなった時の暮らしが想像できないという。
別の友人は母親を病院に連れていく、それ以外の日は親を警備会社に頼んで自分はパートに来る。
母親に認知症が出てないことだけが救いだと言う。
おいしものを食べたいときはその時は娘に車いすを押してもらうという女性
自分がいなければものも言わずにいる、できれば早く入所させてやりたいと娘は言う
しばらく顔を見ないと思ったら、車いすが転倒して骨折、自宅療養してたらしい。
娘は母親だから出来ると言うし、母親は娘でよかったと言う。
二度目の独身で親と暮らす人も増えているようだ。
親と暮らすには男は邪魔になる、私もそう思っていると言うて慰める?
家族の限界が見えてくる。
特養に入所を希望する人や申し込んでなお待機している人はこういう人たちだ。
特別養護老人ホームは正しくは介護老人福祉施設と言う。
介護保険を適用する施設のうち老人福祉施設を代表するものである。
入浴・排泄・食事等の要介護5までの介護を行うことが規定されている。
公共の位置づけにあるので低所得者への軽減措置など、市町村の関与が密接である。
その運営・経営母体は社会福祉法人でほとんどである。
医療行為は病院との連携となる。相談は民間の地域包括支援センターで出来ることになっている。
全国に1万を超える施設がある。
定員は約65万人以上だと言われるが、それだけあってなお困ることがある。
入所の待機期間が長いことだ。
厚労省の最新プレス発表(R4.12.3)によれば、
要介護3以上の人で入所を申し込んで待っている人が全国に25万、人
そのうち自宅で待っている人10万にも上ると言われる。
例えば、東京都で2万人、大阪府1万人、京都府でも9千人になる。
要介護1や2で特例入所の対象の人も2万人以上待っている。
しかも・・ざっと言えばそのうち半分の人は自宅で待機している。
その他の居宅介護保険サービス、例えば、訪問介護とかショートスティとかディサービスなどの様々なサービスを受けながら、夫婦で助け合って生きていることになる。
困るのは独り暮らし、周囲の人はなお困る。
その他は、待ちくたびれて有料老人ホームなどに入居している人になる。
自宅がありながら、介護のための施設で暮らすと二重の生活になる場合が多い。
特養の入所は要介護3以上である。
それなのに・・・だからと言ってすぐに入所できるわけではないのだ。
民間の有料老人ホームは高級になるほど要介護の人を嫌う。
高い金を払いながら特養への入所を待っている人もいる。
あえて言うとステップが進んで次の段階にスムーズに移行できないと、保険だけでないその他の経済的負担も増えることになる。
特養の入所待ちは制度の問題である、制度の隙間に入ってしまう。
介護で家族が疲弊するのもこのような場合だと思う。
(写真註:インターネットをもさぐっていると、ひまわりの花言葉が面白かった。1本「一目ぼれ」、3本だったら「愛の告白」、5本になると「あなたに会えてよかった」と段々に気持ちが深くなる。それぐらいなら何とかできるが、「プロポーズ」は108本必要と書いてある。そこまでは行きたくない・・・?)
こんなことばかりをパソコンで検索したり調査していると、閲覧中にも有料老人ホームの広告が挟まってくる。老人介護のビジネスが大きな市場になっていることの証でもある。
せっかくのことだからその広告を開いて事例研究をしてみた。
『住宅型有料老人ホーム』A京都市内の例
○鉄筋コンクリート4階建て○個室定員約70名○介護利用可(個別介護費別途)○提携病院方式(個別医療費別途)
○料金システム@入居金800万円A月額利用料27万円、あるいは入居一時金を支払わず月額のみで支払うと月額利用料43万円となる
(※20平方b程度の個室で寝起きしながら日常生活の介添え(食事を含む)を受けながら同程度の経済状況にある老人仲間で共同生活ができる・・鯵庵注)
(※前払い金の30%は翌日償却、残り70%を60か月で償却する)
この部屋のトータル家賃相当を計算すると合計2420万(60か月)となる
入居金800万円で60カ月暮らすと月額に直せば40万円/月以上の支出になる
ただこの費用は入居時自立を基本している、要支援・要介護となっても入居できるとは限らない
月額の家賃だけで計算してはいけない・・・と言うことは住宅型有料老人ホーム(中級?)に入居するだけで間違いなく年金では不足である。
そもそも前払い金は賃貸家賃の前払いでは所詮自分のものにはならないし、
二重生活になれば預金以上の元々の資産を食いつぶすことになる。
本当に施設に入らなければならなくなった時には住んでいたマンションを処分した後になる??!!
都市では”住”は高くつくもの、しかも老人向けサービスとは”ほぼ職員の人件費”のことである。
住宅型有料老人ホームは老人福祉法に基づく行政への届け出施設ではあるが、
介護については外部のサービス事業者を利用する形態である。
もっと言うと
この期間(要支援・要介護1くらいまで)を何とかせめて在宅で過ごせたら老後支出の合計を減らせる・・・・
介護が必要な年寄りが暮らせる施設は色々ある。
公的機関
@特別老人養護施設(特養)
民間施設
A介護付き有料老人ホーム
B住宅型有料老人ホーム(前項@参照願います)
Cサービス付き高齢者向け住宅
Dシニア向け分譲マンション
もちろんそれ以外にもある。
いずれもレベルに応じて介護のサービスを受けることができる。
B〜Dは自立できる人も入居が可能である。
認知症にだけはなりたくないのは当たり前、だが、コロナより確率は高く、コロナより怖い。
何が怖いって本人の預金や財産の処分が凍結される。
上手く施設に入居できたとしても、その時に限って本人の資産が動かせなくなる。
認知症で要介護の認定を受けると、自分の意志で手続きができないとみなされる。
田舎の信用金庫の職員が手のひらを返したように冷たくなるくらい。
それだけではない。
自宅の売却、あるいは有料老人ホームの契約も本人でしかできない。
と言われて、親思いの息子でも打つ手も資金もなくなってしまう。
何とか入居金(前払金)が要らないところと言うと特養になる。
ただ、要介護3以上を入所条件にしている。
特養は公共の施設である。それゆえに資産や所得の制限や差がつけられるのは仕方がない。
自宅などの財産を処分することなくともかくも本人の年金相当額で暮らせる。
体が動かなくなったり、痴呆や認知症になっても何とか‥と。
家族で介護ができなくなれば家族と離れて一人で暮らすしかない。
入所を納得させるのが大変だったと言うのが家族の弁である。
終の棲家になることが多いからである。
これが日本の老人福祉施設であるゆえんである・・・・・・
制度の話である。65歳を超えて介護保険を利用することができる。そのためには要支援・要介護の認定を受けなければならない。
市役所やもしくは「地域包括支援センター」(民間)に相談・申請する必要がある。
判定は専門家や主治医が行い、なお、認定のための審査会が判定する。
病気や骨折で入院し、何とか退院できたけれど・・・と言うのがきっかけだったというのが多い。
車いすが離せなくなるということになれば、何かと介助が必要になる。
家族で交代で介護しているうちにいつか認知症も進んでくる。
一人で立ち上がることも出来なくなって、食事も、トイレもとても一人ではできない。
入浴や着替えも素人では介添えできない・・
デイサービスとか入浴サービスなど施設でしかできなくなってしまう。
常時目を離すこともできなくなった、とすれば自宅での介護も限界になる。排泄の世話が境目だと言う人が多い。
その段階で概ね要介護3の段階かもしれない。
やっと老人介護福祉施設、いわゆる特別養護老人ホームに入所の資格を得る。
要介護2の状態との大きな差は自力で立てなくなり、なお
理解力や思考力が低下、認知症の症状が顕著になっていることが多い。
その時になって認知症の進行の速さや認知症と言う病気の怖さに気づかせられる。
家族の元を離れて一人で暮らすことになるのだが、ただの独り暮らしではない。
認知症が進むと極端に現実生活の実感は薄れてしまう。快癒して家に帰るということは期待できない。
落ち着いたところが、終(つい)の棲家(すみか)となるのである。
私たち夫婦の母は二人とも施設から病院に移ってそこで亡くなった。
病院は介護はしないし、介護施設では治療はしない。
だが、介護と医療には明らかな区別がありながら、重なるところも隙間もたくさんある
。
介護施設と病院を行き来しながら徐々に弱っていく。・・というパターンが多い、と言うことだ。
要介護3以上になれば必然的に行くべきところが限られるのが現実だ。
そのことを決断しなお説得するのが家族の最後の役目になる。
多くの人が姥捨て山(うばすてやま)と言う言葉が脳裏をかすめるという。
そのくせ、入所のための順番を待たなくてはならない・・・のである。
『どこで暮らす』と言う私のテーマは実は要介護に至るまでのことなのである。
自分で選択できる範囲がそこらあたりまでであるからだ。
要介護3以上になって、なお、民間の「有料老人ホーム」に過ごすことも可能なこともある。
ただ、その時にどれほどの出費(費用)になるのかは、まだ調査できていない。
高齢者マンションで過ごす〇〇氏は今はゆっくり暮らしてる。
が、このまま暮らせるか不安だと言う。
個人的には「看取り」と言う言葉が浮かんでいる。
自分は大丈夫だと言い聞かせている。
しかし、何が大丈夫で何が大丈夫でないのかさっぱりわからん‥とシャレを言う
やはりと言うか???ここでは介護スタッフの数も足らないし、効果的なリハビリも出来ないらしい。
周りには特養への入居を待っている人がいる。
年齢や介護度が一歩進めば一人で生活することの恐怖は数倍になる。
あれほど元気な〇〇氏でもまだ不安を感じている。
ここへ入るのに、自宅はすでに処分している。
介護に向いた新しいところに移るとしたらどこでも日数がかかる。
有料老人ホームは何処も賃貸方式だし、その家賃や管理費は極めて高い。
その上、また保証人や身元引受人を頼まねばならない。
それがまだ億劫だと言う。
病いが先か老衰が先か認知症が先かがわからん。
新たに居所を決定しようとすれば家族の協力がなければ決められない。
が、一度一人になってしまうと元へは戻れない。
社会とのつながりも、仕事も友人もあくまでも自分のためではある。
ここを終の棲家と思い、体も生活も付き合いも行けるとこまで行く。
・・と、○○A氏はつぶやく。何処にいても、誰といてもである。
一人で生きられる気力を持ってないとこれからは乗り切れない。
そんなことになってさえ、意地と人情の挟み撃ち????これは私の感想である。
(R7.9.27)
高級ホテルよりもサービスのよさそうなシニア向けの分譲住宅の広告を見る。
こんなところでで老後を暮らすのも夢みたいな話である。
夢みたいな暮らしで見る夢はいい夢とは限らない。
ワンランク落としてこれまた高級な「住宅型有料老人ホーム」というのもある。
パンフレットを見れば、年寄りが若いしきれい。
これもそこらのビジネスホテルをよりもはるかに結構な設備である、が
偏屈な体の悪い、家族にも捨てられたような年寄りが暮らすには明るすぎる。
つくづく思う・・・共同生活ができない人には本来一人では生きていけない。
民間経営なら仕方がない?
20平方メートル足らずの部屋で家賃やら食費やらで月に20〜30万円も
入居時に前払い金を入れとけば毎月の家賃分の負担が少なくる。
前払い金が数百万程度の施設(老人ホーム)をこの世界では中級と言うらしい。
入居60カ月で償還しますと言われたら、そこに寿命をあわさなければと思ってしまう。
途中退去なら月割りで返還しますと言うのも逆に不吉な予感。
いずれも老人の向けの居住施設だと言いながら・・・家賃の高い安いもマチマチなら、サービスもマチマチ
緊急時は救急車の手配だけしかできませんと言う施設もあるようだ。
自宅のマンションにの近所に親切なデイサービスの施設があったら・・それと変わらないし、その方がましな場合もありそうだ。
だが、介護と言うことは家族にとっては大きな負担になる。
老々介護だとか介護のために仕事を辞めたとかと言う話になる。
介護を前に離婚と言うのもある。
ケガの養生と違ってよくはならない、長期戦だ。
二人で暮らしていてもいつ一人になるかもしれない。
二人で暮らしているうちから一人で暮らす覚悟をしておけと言うのもその意味だ。
かくして家族の負担を少しでも軽減しようと言うのが介護保険の発端でもある。
いざとなれば多くの人が驚く。
介護認定のほとんどは数値化されたテストみたいなもので、その人の介護に要する時間であらわされる。
足腰がしっかりしていれば認定が得られないと言うこともある。
例えば要介護3は介護認定基準時間では70分以上90分未満となっている。
それでも、、ほぼほとんどの人が自分で立ち上がることもできない。
その上で認知症が顕著になっている状態である。
もちろん主治医の診察がそれに加わる。
家族であればほぼ24時間監視し介助しなければならないという程度になる。
一人暮らしであれば一瞬たりともとても放っておけない状況でもあるし、家族が交代で介護するとしても家族そのものが共倒れになる。
介護保険で入居生活を面倒見てくれると言う施設と言うものがあリえる。
それが、介護保険による公共施設である特別養護老人ホームなのだ。
今は、要介護3以上にならなければ入居が叶わない。
・・と言うことが大きな壁になる。
要支援と要介護には大きな差があると言われる。
要介護も2や3になれば昼夜の区別なく何かと介護の手を借りなければ動けない。
入居時自立を条件にする施設では介護度が低い人が中心になる。
介護度が進行すると、それに合わせて手厚い介護を求めるのは難しくなる。
安定していると言いながら病気は進行するものだ。
医療と看護と介護は極めて密接である。
が、必ずしも一体ではない。
施設によっては認知症などの対応には差がある。
徘徊などの周辺症状がひどくなると、移転や退去を求められることもあるようだ。
有料老人ホームは民間企業による経営である。
「介護付き有料老人ホーム」は支援より介護に重きを置いた施設である。
これを介護保険法の「特定施設」とか、「特定施設入居者生活介護」と言う。
入居者がそこで継続して暮らし、なお
施設内で介護認定の基準に合った介助サービスを受けることができる。
いわゆる住宅型との大きな差は介護・看護・生活支援の職員が常勤することが求められる。
要介護あるいは医療的ケアが必要な人にとって期待できる施設である。
さらなる老後を考え始めるとおそらくは施設選びに迷わされることは間違いない。
世間の噂では、特定施設であるために介護付き有料老人ホームは、いわゆる総量規制の対象であり、ところによっては設置が抑制されているとも言われる。
そうすれば必然的に届け出だけですむ住宅型の老人ホームやサービス付きの施設や場合によっては分譲マンションも増えてくる。
結果、不動産業的高級住宅も増えてくることになる。
いかにも入居者の選択範囲が広がってるように見えるのは錯覚だろう。
業界側からの選択範囲が広くなっていくと言う方が本当だろう。
介護度の高い人の住まいは場合によって終の棲家になる。
不思議なことに「住宅型」と「介護付き」では入居者の「平均要介護度」にはそれほど顕著な差はないようだ。
介護が必要になれば、入居するのにそのような選び方をしている時間的余裕がないのかもしれない。
まだ準備はいらない人も研究は必要だろうと思うゆえんである。
その人、その家庭が普通の生活を継続していくには様々な支援が考えられる。
最低限の支援制度では必ずしも満足できない。
家族に期待する程度も様々なのだ。
社会に期待するものも様々だし・・
さだまさしの関白宣言にこのなフレーズがある。
(前略)
子供が育って年をとったら俺より先に死んではいけない
例えばわずか一日でもいい俺より早く逝ってはいけない
何もいらない俺の手を握り涙のしずくふたつ以上こぼせ
(後略)・・・・・
結婚した時の気持ちを死ぬまで持ち続けられる人はいないとしても、
死ぬときに結婚した時を思い出せたら幸せなことだ。
1日でも早く死んではいけない、と思うぐらいの愛情は残っている?
それが関白宣言たるゆえん。
夫の気持ちとしては自分が先な方がいいのかもしれない。しかし、そんなことは思い通りにはならない。
それより先に離婚しているかもしれないし、子供もいないこともある。
いずれにしても一人で長生きすることになるかもしれない。
いや、そのほうが確率が高いともいえる。
今回のテーマにしたのはその歌の場面が「何処か?」と言うことなのだ。
そんなわけ(仕合せな死に方)にはいかないだろう・・・・・
歌では遠い将来のことなのだが、老域に入ると現実の問題になる。最後の別れが「何処か?」と言うことなのだ。
自宅だとは限らないのだ。
病院かもしれない、現実にコロナの危機も経験した。
原因はケガかもしれないし、癌かもしれない。
有料老人ホームかもしれないし、特別養護老人ホームかもしれない。
認知症もだが、パーキンソン病などの難病は必ずしも想定外ではない。
老後破産や生活保護と言う事態もあり得る。
行き倒れだったり刑務所かもしれない・・のも本当である。
どんなことになっても自分の人生を最後まで自分で決めなければならない。
その保証は?家族の絆だろうか、それとも収入や資産だろうか。
友の数が減るように、預金は必ず減る。
「支出は収入を越えられない」それが老後と言うことの定義である。
老人対策は家族に代わって社会が支援していく方向になっている。
個人にとって一番大事なのは自立、自力であることは変わっていない。
今更、高額な不動産を買ったり借りたりできるはずがない。
それでなくとも施設選びでミスマッチを起こすと生涯の失敗になる。
「何処で暮らす」かと言うことは「何処で死ぬ」かと言うことにほぼ等しい。
特に介護を受けるために高額な家賃を必要とすることは社会福祉の方向とはズレている。
悲しいかな人材もまた玉石混淆の世界になってしまう。
優秀な介護専門職員は高級な入居者が多い施設に移っていく。
介護サービスがホテル経営と同じ経営理念になりつつある。
福祉は本来"民営"になじまない。
社会は命より経済を回すことを大事にすることはこのコロナの中で分かったことである。
何処で暮らすか?。
あなたが私がその事態に至ったらどこで暮らすか、悩むことはない。
入居者の施設選びと言っても選択肢が多くあって困る言うようなことはない。
ほぼ、入居者の居住地と家族関係と、懐具合(資産)で決まってしまうと考える方がいい。
だから、一人で生きる覚悟が必要なのだ。
・・と言うことでこの項はいったん締めくくる。
(写真註:檜扇、京都では祇園祭のシンボルである。秋深まると真っ黒の種子ができる。これが「ぬばたま(射干玉)」である。黒というのは色彩の排除である。ファッションの世界では安定感を象徴するという。おかげで色付きのジャンパーを着ると目立つ。)
酒を飲むといつも同じ話を繰り返すと言われた。脳の中の海馬(かいば)が司っている短期記憶が働かなくなるらしい。
そんな時に限って、前日の晩の記憶がとんでいる。
場合によっては記憶を保存していく機能も失われている?
それぐらいのことだけなら、突然に心配することはないかも・・しかし、話がかみ合わなくなったり、いつもしていたことをしなくなったり、
相手を傷つけるような気持ちを抑えられなくなったりすることの方が問題だと思う。
そこの記憶がないのが怖い。
そうなんだ・・・
我儘になる、自分のことだけしか考えない。
若い時には気にならなかったエチケットやマナーなど、歳をとってこそ守るべきものだ。
そういう努力が老化防止につながるんだと・・
老化と老人は違うかもしれない。
しかし、誰もがいずれ老人社会の老人にならなければならない。
人生一番(最後の最大の)の恐怖だ。
そうか、それでか、早めにボケてしまった年寄りが多いのか・・?!
(写真註:コスモスとは秩序ある「宇宙」を意味する。大それた花の名である。コスモスの対義語が「カオス」であると知った。落ち着いた生活を続けていくためには秩序とバランスが重要だと思う。)
自立と言う言葉は国語辞典風に言うと
自分以外のものの助けなしで自分の力で物事をやっていく、とある。
社会や他人とのかかわりを正しく認識することは当然のことだ。
大人たる所以である。
自分のことを自分で決められるだけでなく、自分の体を自分で支えられることでもある。
しかし、歳を経ると精神的円熟さは増すことがあってもやはり体は弱る。
脳も内臓も筋肉も皆酸化する、それが老化である。
仕事も、友人も、家族も、性も愛も尽き果て?なお収入も皆サビつく。
もちろん基本的な日常生活動作を自分で行うことが出来る状況を言う。
入浴・排便・食事などのケア、機能改善、保健医療看護、福祉的サービスを行うことを介護と言う。
・・介護保険では介護が不要な状態を言う。
身体的にも、精神的にも、経済的にも自分の能力を生かした生活が出来るように、
それを自立支援などと言うこともあるようだが、介護が必要な状態から自立状態に戻すことは現在のリハビリ医学でも難しい。
あえて言うと、
介護保険で言う自立とはあくまでも介護保険に該当しない状態を定義している。
結局は、保険制度は家庭生活を費用面(経済面)から支えてやろうということである。
生きている限り守られるべきは個人の尊厳である。
怖いのは治らない病気であり、精神的に怖いのは家族からの孤立である。
介護と言うものは、愛すべき家族に代わって行うものでもある。
それは言わずもがなである。
何処まで家族に代われるかと言うのが課題なのだ。
今までほぼほぼ”自立”の生活を楽しんできたものが、急に家族の世話にならなければなる。
やがて家族だけで毎日の世話ができなくなる。
ディサービスやショートスティ、場合によって介護の人を頼まなければならなくなる。
介護保険を利用するためには介護認定を受けなければならない。
要介護者として家族や施設の介護を受けながらの生活が始まってしまう。
認知症の進行に伴って介護度が上がっていく。
認知症の周辺行動が起きるようになると家族も疲弊する。
そこまでいけば要介護3より以上と言うレベルかもしれない。
家族が仕事を辞めてさえ難しくなる。
特別養護老人ホームを申し込むがいつ入所できるかわからない。
さりとて介護付き有料老人ホームですら受け入れてくれないこともある。
福祉の枠の中に居なければ(言い換えれば役所の目の届く中に居なければ・・・????)
一歩間違えば孤立もあるし、行き倒れることもあるし、自殺もある。
究極、終点に向かって一気に走りだす時が来る。
私たちはいつもその一歩手前にあると・・彼Bは言う。
事あるごとに面白いことを言うパート仲間の彼Bである。
「自分が乗っている電車が分からない」のが老後だと言う。
だから、終着駅がどこか、何処を走っているのかも、何時着くのかもわからない。
普通列車か急行かもわからないのでは?
そうや、区間急行と言うのがあったやろ。今まで鈍行だったのがある駅から急にスピードを上げ急行になる!!
要介護が進むと一気に進むものだと言う。
車内の乗客も窓の外の風景も今までとはまるっきり違うものになっているのにその時気づく。
B氏の母はビックルするほど端麗な京女だった。
ケガをして5年、認知症を発症してやっと施設に入った。
その後2年で自分の息子が分からなくなった、という。
私の母は大手術をして命の代わりに片足を根本から失った。
最後の1年は病院のベッドで動けなかった。
ベッドの上で騒ぐかあきらめるかどちらかだと言った。
認知症はなかった、わめくことも諦めて、そのまま最後まで何も言わずに死んだ。
私たちにとっては親の死に方は自分の死に方なのだ。
お一人さんも自立の一人旅なら、何処へでも行きたいと思えば行ける。
来たバスに乗ろうと、乗りたい電車にも乗れるが、戻れない。
老後自立とはそういうことだ。
もっと言えば、
自立しているうちでないと乗り換えも出来ないと知るべき。
あなたの電車は今どこを走っている?
(写真註:彼岸花、秋の彼岸にあわせて咲いてくれる花である。赤い花色に注目すると曼殊沙華。田の畔に整然と開くと・・絵になる。しかも日本人の好きな絵である。春になると葉が枯れて地表から消える。田植えの草刈りの犠牲にならない。)
1956年(昭和32年)小説「楢山節考」(単行本)深沢七郎
1966年(昭和41年)青江三奈歌う「恍惚のブルース」
1972年(昭和47年)小説「恍惚の人」有吉佐和子
恍惚とは物事に心を奪われて・・うっとりすること。
で、青江三奈歌うブルースには恍惚が似合う。
若い人にはこちらであるが、老人にとってはボケることでもある。
単に呆けると言えば少なくとも年を取ればほぼその兆候がある。
意図的に呆けることも年寄りは得意とする。
病気かなと言えば痴呆症と言われた。
が、平成の中頃2004年に「認知症」と言う呼称に統一された。
我々・・それからしばらく「認知症」が定着している。
青江三奈から56年・・・恍惚のブルースを聞いていた私が70代半ばになる。
ボケたら楽だと言う人がいる。
きっと長い間様々な苦労をしてきた人だと思う。
ボケると言うことと恍惚状態が同じだと勘違いしている可能性がある。
世間の風の冷たさに鈍感なふりをするだけである。
認知症のボケは、脳の働き(認知機能)に障害が出ているわけである。
だから、病気なのである、だから認知症と言う言葉になってきた。
小説「恍惚の人」は介護問題の教科書みたいな小説である。
何度か映画化もされた。
妻に先立たれた痴呆症の老人男が息子夫婦と孫と暮らしている。
その孫のセリフ
「おじいさんはこんなにまでしてまだ生きたいのだろうか」
「パパもママもこんなに長生きしないでね」
世間の気持ちであり、この時の孫の気持ちが実は50年前の私の気持ちである。
その時の平均寿命、男性69歳、女性74歳で65歳以上の人口は7%だったと言う。
私だけでなくあの時の孫は今当時の平均寿命を超えた・・
当時、親の介護は家族ゆえの仕事であり、人間の長寿しかも幸せな長寿社会を支えていたのである。
親孝行の最後は親の介護である。
介護の機会を与えられたことに子供として感謝しなければならないと本気で言われた。
そうでなくても、家族の皆が祖父母や父母の介護に関わってきたと言うことだ。
もう一度言うとその時の平均寿命、男性69歳、女性74歳で65歳以上の人口は7%だったと言う。
その小説「恍惚の人」から50年、長寿が一世代分進んだかもしれない。
寿命70歳までが80〜90歳までになってしまった。
なんとあの頃の平均寿命に達した私に、90歳を超えた父母を介護する番が回ってきているのである。
それが現代の介護、高年齢化した介護の問題なのである。
父や母の闘病生活や介護は本人も家族も経験のないことだった。
私達夫婦の50代60代はまだ基礎体力があった。
親にも自分らにも最良の方法を考えてきた。
私の場合は老後ではあるが介護はまだ不要だ。
子供は老後イコール介護ではないと信じている。
事情は様々だとしても核家族や子育てやら・・
家族の単位が小さくなりまた家族が遠くなってしまっている。
すでに子供の世話にはならないで暮らしたいと決めている。
身近に介護のことを考える機会がないと介護が自分の問題だと気づかない。
課題が生じてもすぐに有料老人ホームしか浮かばないと言うことになる
。
その上、あえてその商業主義に乗る。
元気だと入院も施設もそれなりに暮らせる。
そんなパンフレットを見て思い込もうとする。
ベッドから立ち上がるところから他人の手を借りなければならない。
恍惚状態とは限らない、凶暴であったりする。
それでも介護を受けなければならない。
介護とは何処までも家族に代わって行うことなのである。
真摯に仕事する出来のいい介護職員はそのことを知っている。
それなのに家族の方が分かっていない言うのが世間なのだ。
介護の遺伝子を持っていないと、言うのはそのことだ。
「おじいさんはこんなにまでしてまだ生きたいのだろうか」
と言う小説「恍惚の人」の孫のセリフは現代でもそのまま当てはまる。
資金力のない祖父母や親はもともと頼りにもならない。
その親が認知症ゆえの問題行動をおこすようになったとき、ついに・・それを言うかもしれない。
家族に介護の遺伝子がなくなっているからだ。
本当はそのことを言いたい。
・・・・・
長男同士だと何かと話が合うとこのブログで書いたことがある。
親の介護の経験や世話で悩む人には他人の話は切実だ。
極端な話、私の父母はともに末っ子だった。
私はその長男である、そんな事態に至って何かと気持ちが行き違う。
と、思ったことが嫌ほどある。
介護することは難しいのは事実だが、本当は介護される側こそ難しいのだ。
その難しさは家族ゆえに拡大され爆発する。
親と子の夫と妻あるいは舅と嫁とか、それぞれの尊厳と尊厳の戦いだからだ。
年老いて汚くなった父母を見て、
小説のセリフ・・「こんなにまでしてまだ生きたいのだろうか」
介護が始まったとたん間違いなくそう思う。
思うのは当然かもしれないが、実際に介護の長いトンネルを越えて初めてそれを越えられる。
それが介護の遺伝子なのだ。
家族の犠牲を当たり前のように期待するのは家族に対して横暴だ・・?
と気づくのも介護の遺伝子だ。
個人主義、マイホーム主義や核家族は50年でほぼ定着した。
おかげで親を介護する遺伝子は今は介護保険と老人ホームに引き継がれているのである。
老後を自分の金で老人ホームへ行くことも子供孝行かもしれない。
おかげで親を介護しなくとも親孝行ができると言うことだ。
家族は最小の単位であるが、それが夫婦だけになり、最後は自分一人になる。
配偶者があってもなかっても、子供がいてもいなくとも、最後のところは同じなのだ。
小説「楢山節考」である。そうだ姥捨て山のことだ。
皆必死で死ぬまで自分の肉体の始末を考えていかなければならない。
コロナは一つの試練を与えてくれたかもしれない。
「看取り」という言葉はほぼなくなった。
時代が進んで親の生き方は自分とは違ったものになった。
だが親の死に方は自分の死に方なのだ。
家族の死は自分の死につながる。
それだけが家族の絆として残る。
(写真註:ニラの花咲く。野生としても広く分布する。秋彼岸の頃に花がつく。ニラの花と花ニラ″とハナニラ″は別物である。″憎まれて世に憚れり韮の花(某)・・憚ると蔓延るとは違う)
庶民が立派な石の墓を持てるというのはそんなに古い話ではない。
それなのに今度は田舎の墓を打ち捨てて都会に新しい墓を建てだした。
こちらの寺とつながらないから霊園墓地(れいえんぼち)などが売れ出した。
それは今でも続いている。
墓参りはしたいが田舎に帰るのは嫌な人もいる。
自分の代の墓が欲しいという人もいる。
田舎から都市への人口の移動に伴ってのものである。
新たな都市住民(移民)としての証(あかし)を求めているようでもある。
墓のあるところが故郷だというのも分かる。
しかしながら、あくまでも墓名碑であり、墓とはむしろ墓地の土を言う。
今更ながら新しく建てたのでは、家の寿命は墓石の寿命に比べて短すぎる。
し、人の寿命が?燭の火に例えられるのに比したら立派過ぎる。
棺桶も墓石もほぼさる国からの輸入だと言われたら居心地の悪い人もいる、くらいだ。
京都市が中央斎場の火葬件数の予想を立てている。
市民のほぼ100%が火葬だから、市民の死者の数だと思えばいい。
R13年からR17年の5年間ぐらいがピークになる。
1日の火葬件数は(最大)138件になる、としている。
中央斎場の1日の処理能力は120件(24基ある)程度らしい。
平たく言うと、団塊の世代が85歳前後となる時期が死者のピークということだ。
この間毎日18件分、仮にこの年毎日続くと1年で約6500件が生焼けになる(?)という計算だ。
団塊の世代は最後の最後まで生きる競争だ、それどころか死ぬタイミングも・・
"阪神淡路"の時に経験したことであるが、
焼き場を求めて役場と遺族がさまようこともあり得るわけである。
立派な墓を用意して準備したからとて優先してくれるわけではない。
京都(近畿圏)は部分収骨である。
残りは火葬場で処理してくれる。
その処理槽を京都市の葬祭場はは丁寧に「聖土槽」と言ったりする。
それがそのころには満杯になっている?
やはり、最後は遺骨(焼却灰)は土に返すことが本当だと思う。
気にせず東山の樹林の土にしてもらっていい、と一市民である私は思った。
ここまで来れたら御の字だ。
東山の土が墓になる。
(写真註:石蕗と書く、庭園の日蔭に強い。花一つが花の塊(キク科)。黄色の花ながら寂しさ、″だんまり″の印象。″いいの嘘なら嘘でもいいの″歌謡曲「石蕗の花」にこんな歌詞がある。)
路地子(小生のこと)の友人の一人は自己紹介のセリフを決めている。"亭主が死んでも泣かない女の亭主です"ということにしてる。
おそらく泣かないだろう・・きっと泣かないだろう・・間違いなく泣かないだろう・・・
と続く。
間違わないでほしい、という。
亭主が死んで喜ぶとは言っていない、と力を入れる。
閑話休題・・
今、仮にインターネットで「直葬(ちょくそう・じきそう)」を検索してみると・・
以前よりはるかに葬儀の形態として定着してきているように思える。
葬儀屋も葬式を大きさだけで商売していけなくなっている。
それを売りに名前を変えた葬儀社まで出てきた。
葬儀社の言う葬儀の流れは同じである。
一つ、遺体を引き取り安置する
一つ、打ち合わせ・死亡届の提出・僧侶の手配・通夜
一つ、納棺・告別式
一つ、出棺・火葬(および式中の初七日法要)
一つ、支払い・・・となる
参列者1〜2人で通夜も告別式も省略すれば20〜30万円ぐらい、と言っている。
直葬でも「火葬式」といういい方もある。
個人の葬儀は元々家族葬だ。
今、急に家族葬と言いだした、今は参列者とその経費を見直したい場合に言う。
家族葬と言っても、なお少人数でも一般的なセレモニーを行う、と・・・100万円以上(実際はもっとかかる)はかかりそうだ。
終わってみたら請求額に驚いたという話はあまりにも多い。
人が集まってくれるちょっとした人なら、ホテルで「送る会」をしたほうがはるかに安いし有意義だ。
ある葬儀会社の広告では湯灌も祭壇の花も、司会進行、みんな別途費用だとある
。
僧侶を頼まなければ戒名がもらえないし、僧侶はどんなことがあっても家族葬ゆえの割引はしたくないのだ。
家族葬なのに故人に無縁な参列者が増えたのでは今までと同じである。
香典を受け取るべきかどうかだって線引が出来ない。
本当に遺族の意向がはっきりしているなら、告別式への参列は見合わすべきである。
故人を中心に考えればそれも自然なことである。
が、そんなことを乗り越えてこそ本当の家族葬になる。
喪主は確固たる意志をもって執り行わなければならない。
故人の遺志と家族や親族の意思が方向違いではかえって白々とした葬儀になる。
ただ、簡素化されては葬儀でなくなる、と言う論理矛盾に陥る。
祭壇を飾ることからはじまる葬儀社の葬儀では「家族葬」の意味が違う。
従前の華美な葬儀をいくら参列者を絞り込んでもほぼ同じ費用が掛かる。
最後には「家族葬」と「小さな?葬式」とは別のものだという。
身内の葬儀を考え直すなら「直葬」がベースなんだろうね。
そこから故人や遺族の思うところを色付けしてくれる葬儀社が求められている。
身元不明の行旅死亡人(ゆきだおれ)の場合は自治体での費用で葬儀が行われる。
20数万円程度の支出になっているようだ。
”いわゆる直葬”と言うのは昔からある。
親族がいても家族がいない人も、家族をほってしまった人の葬儀も家族葬である。
これからは参列者がたった一人の家族葬だってあり得るのだ。
残された家族があって初めて家族葬になる。
(写真註:紫色のほうずき、実が黒っぽい、それがオレンジ色に変わる。上手くツートンカラーになると、我が家の自慢である。いずれにしてもホオズキ(鬼灯)である。酸漿と書くと生薬の名になる。)
故人にも長い人生がある。でも、そもそも、家族こそが一番故人のことを知らない。
それを知っている人の話を聞くなら、それはそれで人を偲ぶことは出来る。
ひょっといたらお通夜の意味はそんなところにあったのかもしれない。
それでも人の一生は長すぎる。
10年も20年も病気してたら、おかしくなって家族に迷惑かけたことだけ人しか思い出せない。とても皆が言うほど厳しかった人とはとても思えない・・なんてことになる。
サラリーマンだって金貸しだって仕事の成果は評価されるが、仕事の癖は正しく評価されることはない。逆に、そういう癖の悪さがあると葬儀の参列者の一つの楽しみになることもある
が、昔ばなしは要らないと言われるかもしれない
葬儀は誰のためにあるのかと言えば、残された者のためにあった時代もある。喪主の社会的地位が葬儀を作る。それでいいのだが、時に参列者が困ることもある訳である。
自分の親がどんな親だったのか説明できない
テレビドラマのように単純でない、しかしドラマほど複雑でもない。笑い話だけどただの女好きだったと言われるほど単純な生き方をした人は存在しない。
が、家族葬ではもはやそれも必要ない
だから親は単に親である、子は単に子である。
家族が集まって遺品整理の話ばかりしておけばいい。それは世の常、凡人も別に困るほどのことではない。
が、・・・・死人に個性を感じるのはやはり家族だけかもしれない。
人の人生は毀誉褒貶である。世の中(現世)というものはでは人間がみんな集まって出来るだけ都合よいように作ったものである。従って、世間は右と左、上と下、白と黒、・・本物と偽物、正と邪、・・似たものばかりで自分と他人の区別も分からない。
警察だって裁判所だって裁けないことが多すぎる。
世間のことを世間が裁くのが世間たるゆえんである。どっちみち地獄へ行くのは一人だ。
そもそも地獄は現世の資産や地位を認めてくれない、極端に公平な世界だ。
戒めとして言えば、閻魔だけが評価する?誰もが通らなければならないのが地獄の門である。
絶対の地獄の掟である
その時こそ言いたいことを言えばいい、現世での嘘は通じない。
地獄でこそ始めて裁かれ、また地獄で始めて救われる人もいるだろう。
そのことを知っているものだけが人生の達人である。
死後のことは天に任せばいいし、自分の身は閻魔に任せるしかない。
先に亡くなった分だけ仏に近づける?
せめて年とってから他人に罪はしたくないよな、ご同輩
拙いブログの読者としてここまで付き合ってくれた人およびその家族の老前・老中・老後・往生・後生に少しでも幸あれと祈る。
(写真註:ナンテン、葉は三枝(さえぐさ)にして南天葉、実は南天実、乾燥させて咳止めの薬になる。ただし、和薬にして漢方薬にはあらず。祝宴でいつまでも(いくつになっても)ぐずぐず飲んでいる人をナンテン組という。私のことか???
実は後期高齢者の烙印を押されてから急に衰えた。
医者からもらう薬の量は増えたけど、メタボの後ろ向きの薬ばかり・・・
診療科目も増えた、眼科・整形外科・泌尿器科も・・
いろんなことが起こる。
そういえば私の車もカメラも後期高齢者だったのである。
閑話休題・・
「父が亡くなりました、今までありがとうございました」というようなブログ投稿にも出くわす。
親がブログをやっていたことを知っていたとしたら、いい家族を持ったなと私は感心する。
またまた閑話休題・・・それもあるが今年は去年まで一緒に飲んでいた友達が二人もなくなった。
実は今月その一人の友人の命日なのである。
命日には納骨すると連絡だけはあった。
”あんなけ・・”活躍していた人が、家族2,3人だけのものになってしまう。
それもそれでいいんだが・・遺骨を押入れの奥に大事にしまい込んでしまうことと同じようにように思える。
たとえ自分に置き換えてもそれでいいとは思っている。
ただ寂しいのである。
このブログに家族葬のことや火葬のことや、介護のことやいろいろ書いてきた。
調べれば調べるほど、書けば書くほど寂しくなる。
真っ暗の中一人で足を引きづって歩いているのと同じだと知る。
世間も家族も財産も友達も・・・殺風景そのものである。
暗夜行路なのである。
あと何年生きるのか?
汚くなって惨めになってなお子や孫に、あんなになっても生きていたいのか言われ・・・
それもわからなくなるのかもしれない
。
そんなことはない、と皆思ってるが、これからは半分以上の人がほぼそういうことになる。
そんなことがわかってくる。
親子は一世代、30年といわれる。
世間では10年で一昔ともいう。
目が見えて耳が聞こえて、ものが言えて体が動いてもである。
10才も年齢が離れてみれば、見えてる世界が違うのだろう。
過去の若き日に気付かぬことばかりである
。
男は生まれて死ぬまで淋しく、女は同じくずっと哀しく、男も女も老いることはただただ辛い。
家族に負担をかけないように生きるとことを目標に、
葬儀のことも決められず預金は毎月減っていくのに、
夢は持ってはいけないと、恋はしてはいけないと世間に言われ、
陰で病気と闘い、また病気におびえ、
それでも汚くなるまで一人で生きなければならない。
六根清浄・・・目が見えて耳が聞こえて、ものが言えて体が動くのが人間である。

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